古代から近世までのセックス雑学辞典

セックスは現代人だけがしているものではありません。太古の昔から、ヒトが人類になる前から続けられてきた行為です。ただ、人間の性行為は、他の動物とは決定的な違いがあります。それは、本能任せではなく脳で考えてセックスをしているということです。そのため、知的レベルが高い人々、富や時間に余裕のある人たちは、性についてさまざまな試みをおこなってきました。

奔放な性行為やフリーセックス、アブノーマルな行為は現代人が発明したものではありません。太古の昔から、王族・貴族や、知識階級の人々によって開発されてきたものです。歴史上、どんな性行為がおこなわれてきたのかに興味をもつことは、はしたない行為かもしれませんが、罪のない好奇心です。セックスの歴史を覗いてみましょう。



性に関する倫理観は時代によって移り変わります

現代では、一夫多妻、一妻多夫はほとんどの国で認められていませんが、歴史上は公認されていたことがしばしばあります。動物の世界では、むしろ一夫多妻が珍しいことから想像すれば、人類も最初のころは必ずしも男女が一対一のつがいではなかったでしょう。一人の女性が複数の男性と関係を持ったり、道端で出会った男女が交わったりということが、必ずしも不道徳ではなかったはずです。

近親者と性交することで、障害を持つ子供の出生の可能性が高くなることも、さほど知られていなかったでしょう。親子や兄弟、親類同士でのセックスがタブーでなかったかも知れません。たとえば、クレオパトラは弟と結婚していたと言われています。

わが国においても、近世以前は身分の高い人たちにとって、一夫多妻は常識でした。徳川家康には正室のほかに、側室が15~6人いたと言われています。「大奥」と呼ばれる宮殿で、それぞれの側室が高貴な人として暮らしていました。初代総理大臣の伊藤博文は数多くの芸者を妾にしていたと言われますし、文豪の森鴎外にも妾がいました。現代ならマスコミに大バッシングされるでしょうけれど、当時は「常識的」なことでした。



アブノーマルがノーマルだったこともあります

織田信長は森欄丸という美少年を妾にしていましたし、前田利家や堀秀治も少年時代には信長の「衆童」(男色の恋人)だったと言われています。当時は、身分の高い人の男色は常識で、決して珍しくはなかったようです。ギリシアの哲学者たちにとっても、男色は「たしなみ」でした。

女性の恥毛で作ったかつらをかぶることが常識だった国もあれば、花嫁オークションや略奪結婚が常識だった国もあります。女性が楽しむための人工ペニスや、若い男性が禁欲するための貞操帯を開発した国もあります。さまざまな避妊法や、避妊具も開発されています。性の歴史は文化の発展と言えなくもないかもしれません。


性の歴史を覗き見することが、現代人の性生活について、自分自身の性について改めて考え直すきっかけになれば、ただの好奇心も役に立つのではないでしょうか?さあ、貴人たちの性の世界を覗いてみましょう。

最新記事

  • 世紀の美女とされるクレオパトラは肉体でオトコを魅了し操ったとも言われ、100人の護衛をフェラチオで癒したという逸話も …

    クレオパトラの特技はフェラチオ

  • 昔は恋人同士がセックスに至るまでのプロセスの中でも、もっとも重要だったペッティング …

    処女を守るためにペッティング

  • 十字軍の遠征時に、騎士たちが自分の不在中に妻が他の男たちとセックスできないように作ったとも言われる貞操帯 …

    十字軍の貞操帯